【谷津嘉章連載#18】対戦報酬2試合1500万円でPRIDEのオファーを受けました|東スポWEBhttps://t.co/NJaOQbGUD4
— 東スポ プロレス格闘技担当 (@tospo_battle) February 7, 2026
その後、2000年に総合格闘技(MMA)イベント「PRIDE」から参戦オファーを受けました。千葉・一宮町に構えたSPWFの道場代やトラック代、巡業用のリング代などで軍資金が必要だったところで、PRIDEからはファイトマネーとして、2試合で1000万円を提示されました。
でも、その額だと「話にならないな」と思っていたところ知り合いが交渉の間に入ってくれて。対戦報酬は2試合で1500万円という話でまとまり、オファーを引き受けることになりました。PRIDEに出て、SPWFの存在を世間に広めて、インディ団体の意地を見せたい気持ちもありましたね。
そして同年10月31日の「PRIDE.11」大阪城ホール大会に44歳で初参戦し、ゲーリー・グッドリッジと対戦しました。しかし、試合のペースをなかなかつかめず、1ラウンド(R)終盤に右アッパーを連打されてTKO負けとなりました。2、3か月前から練習を始めたけど、勝てると思っていた。ただ、44歳だからフットワークや体幹が想像よりも落ちていて…。昔と気持ちは同じだけど、体がついていきませんでした。
テークダウンできれば勝てると思ってたけど、できずに「あれ?」と思って。アマレス時代に全米選手権で対戦したことのある米国のトム・エリクソンがゲーリーの専属コーチで付いていて、タックルの切り方とかいろいろ研究されてました。仕方なくスタンドで戦っていると、どんどんパンチをもらって。結局、なんとかグラウンドの攻防まで持っていったけど、その時点で自分のエネルギーが切れてました。
谷津嘉章(Wikipedia)
Yoshiaki Yatsu(Sherdog)
谷津嘉章 vs. ゲーリー・グッドリッジは2000年10月31日の『PRIDE.11』と2001年9月24日の『PRIDE.16』の2度に渡って行われました。低い姿勢で左腕を伸ばす独特の「谷津ガード」が懐かしいです。初戦はボコボコにされながらも粘って1ラウンド8分58秒TKO負け、2戦目は1ラウンド3分05秒にタオル投入によりTKO負けでした。






