2026年02月07日

谷津嘉章、PRIDEのゲーリー・グッドリッジ戦のファイトマネーが2試合で1500万円だったことを明かす

【中古】 さらば闘いの日々/谷津嘉章(著者)


 その後、2000年に総合格闘技(MMA)イベント「PRIDE」から参戦オファーを受けました。千葉・一宮町に構えたSPWFの道場代やトラック代、巡業用のリング代などで軍資金が必要だったところで、PRIDEからはファイトマネーとして、2試合で1000万円を提示されました。

 でも、その額だと「話にならないな」と思っていたところ知り合いが交渉の間に入ってくれて。対戦報酬は2試合で1500万円という話でまとまり、オファーを引き受けることになりました。PRIDEに出て、SPWFの存在を世間に広めて、インディ団体の意地を見せたい気持ちもありましたね。

 そして同年10月31日の「PRIDE.11」大阪城ホール大会に44歳で初参戦し、ゲーリー・グッドリッジと対戦しました。しかし、試合のペースをなかなかつかめず、1ラウンド(R)終盤に右アッパーを連打されてTKO負けとなりました。2、3か月前から練習を始めたけど、勝てると思っていた。ただ、44歳だからフットワークや体幹が想像よりも落ちていて…。昔と気持ちは同じだけど、体がついていきませんでした。

 テークダウンできれば勝てると思ってたけど、できずに「あれ?」と思って。アマレス時代に全米選手権で対戦したことのある米国のトム・エリクソンがゲーリーの専属コーチで付いていて、タックルの切り方とかいろいろ研究されてました。仕方なくスタンドで戦っていると、どんどんパンチをもらって。結局、なんとかグラウンドの攻防まで持っていったけど、その時点で自分のエネルギーが切れてました。

谷津嘉章(Wikipedia)

Yoshiaki Yatsu(Sherdog)

 谷津嘉章 vs. ゲーリー・グッドリッジは2000年10月31日の『PRIDE.11』と2001年9月24日の『PRIDE.16』の2度に渡って行われました。低い姿勢で左腕を伸ばす独特の「谷津ガード」が懐かしいです。初戦はボコボコにされながらも粘って1ラウンド8分58秒TKO負け、2戦目は1ラウンド3分05秒にタオル投入によりTKO負けでした。



posted by ジーニアス at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | PRIDE | 更新情報をチェックする
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