2015年05月26日

ランディ・クートゥア「PRIDEから大型契約を提示されたことがあった」


Randy Couture tells story of choosing to stay with UFC instead of signing with PRIDE(MMAJunkie.com)

 ランディ・クートゥアが以下のコメント

「MMAを始めたこと自体がちょっとした気まぐれだった。当時は代替選手のリストに入っていて、大会の3週間前に『今でも試合がしたいか?』と言われた。私は『当たり前だ、やろうぜ』と言った。それが(ヘビー級トーナメントで優勝した)UFC 13だった」

「全盛期のPRIDEからオファーが来たことがあった。かなりの大型契約だった。もちろん検討したよ。だがUFCが最優先権を持っていた。アメリカの市場に居た方が理に適ってるという結論になった」

「PRIDEで闘っていたダン・ヘンダーソンとは長年の友人だが、彼は大半の試合が日本だったし当時はさほどクロスオーバーすることもなかったのでアメリカの市場ではあまり知られてない存在だった。だからPRIDEが私により良い条件を提示しても長い目で見ればUFCに留まり、アメリカの市場に留まる方が意味があった。違う道に行く可能性もあった。もしあの時PRIDEに行ってたら面白いことになってたかもしれないね」

posted by ジーニアス at 21:22| Comment(9) | TrackBack(0) | PRIDE | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
オファーは 2003ミドル級GPか2004ヘビー級GPあたりですかね︎
Posted by 大人 at 2015年05月26日 21:28
リデルが参戦してた辺りかな?
ただクートアが金網のないPRIDEルールでどこまでやれたかは期待できないような…
Posted by パト at 2015年05月26日 22:24
ヴァンダレイ・シウバがハントとやった時に来日して花束贈呈してたくらいだから、もうすぐPRIDEはクートゥアと契約するんだろうなと思ってた。
シウバがハントに勝ってたら契約してたのかな。

クートゥアはアメリカ目線だからこの考えもしょうがないけど、当時のPRIDE市場を考えると
日本に来たらダンヘンのようにUFCにとどまるより、もっと世界的に別の国々でも知られる可能性があったと思う。
よって、長い目で見れば本人にとっても、PRIDEと契約していずれUFCに凱旋という形の方が良かったんじゃないかな。
・・・あの頃はこういう夢の様な話がいっぱいあったな。
Posted by SRT at 2015年05月26日 22:56
同じグレコローマン出身でパンチで戦うダンヘンと思いっきりレスリング主体のランディー。
マークケアーばりに人気は出なかったのは?
しかも他の方の言う通り金網じゃないと実力は???
ですねw(゜o゜)w
Posted by 牛丼好き at 2015年05月26日 23:27
クートゥア、結果論で語るのは如何なものか。UFC以前リングスが主戦場で活躍していた訳でリングは問題ないだろう。
Posted by tkジャポン at 2015年05月27日 01:09
ダンヘンはKOKチャンピオンだったから、PRIDEも獲得したかっただろうけど、クートゥアは兄オーフレイムに一本負けしてKOKでは準決勝止まりだったし、その前も修斗でエンセンに完敗してたから、PRIDEもそこまで獲得に固執しなかったのかも。確かに金網向きの選手だったけど、KOKでのジェレミー・ホーン戦はベストバウトだった。
Posted by たにお at 2015年05月27日 03:55
同門ダン・ヘンダーソンのセコンドとしてPRIDE12に帯同してたけど、ヴァンダレイ・シウバの攻撃に苦戦するダンヘンに対し、何の指示も出さず、だだ呆然とソレを見ていたクートゥアが印象的だった・・・
Posted by wwe at 2015年05月27日 08:00
PRIDE首脳陣に
「ランディ.....盛り上げたいんだ.....立ちで勝負して盛り上げてくれ...ボーナスは弾むよ」
と言われ、撃沈してたかもしれないですねえ......
Posted by まさ at 2015年05月27日 17:11
クートゥアが活躍する姿を観てみたかったですが、13以降の新PRIDEルールでは苦しむだろうなと・・・
Posted by wwe at 2015年05月27日 18:56
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