2006年12月09日

ロベルト・デュランの思い出

デュランらがボクシング殿堂入り(日刊スポーツ)
 2006年のボクシング殿堂入り選手が7日発表された。4階級制覇を果たしたロベルト・デュラン(パナマ)、パーネル・ウィテカー(米国)、WBCのホセ・スライマン会長ら故人も含めて13人が選出された。

 デュランは「石のこぶし」とも言われるハードパンチャーで、中量級で4階級を制覇。1980年には後に5階級制覇を成し遂げたシュガー・レイ・レナード(米国)を破った。ウィテカーは84年ロサンゼルス五輪で金メダルを獲得した後にプロ入りし、中量級で活躍した。

 ロベルト・デュランといえば一般的には4階級制覇とか、トーマス・ハーンズ、マービン・ハグラー、シュガー・レイ・レナードとミドル級黄金時代を作った偉大なボクサーとして有名ですが、プロ格ヲタ的には1992年4月19日・東京体育館で行われた船木誠勝との異種格闘技戦でしょう。ちなみに私は観戦しています。

格闘コロッセウム~コロッセウムの戦い~

 これによると3Rギブアップで船木の勝ちと、何とも曖昧な記述になっていますが、確か1Rは船木はボクシング特訓の成果を見せたいのか立ち技に付き合い、2Rはデュランのボディーブローが船木の腹を直撃しまさかのダウン。3Rは満を持して船木がデュランをグランドに持ち込み、袈裟固めからデュランの腕を両足で極めてギブアップ勝ちだったような。記憶違いの可能性ありますが。

 とにかく驚いたのがデュランの腹(笑)。これっぽっちも減量のために努力した痕跡もなく太りっぱなし。しかもトランクスではなくトレパン姿で、これからダイエットに励む中年オヤジという感じだった。本気度ゼロで、余興感覚だったのが非常に残念。ただ、船木はダウンした時のことを「細長い棒で突かれたような感覚だった」と話していたので“鉄の拳”の恐ろしさは見せつけたようですが。

 やっぱりこの人は偉大だということは、ガッツさんを通じても分かる。

ガッツ石松 - Wikipedia
 1973年9月6日、WBA世界ライト級王座挑戦。石の拳ロベルト・デュラン(パナマ)の持つ世界ライト級王座に敵地で挑戦し、一時健闘するが10回KO負け。試合の勝敗以前に石松の「こりゃ勝てない」という諦めの早さに米倉会長は怒ったという。石松も後に全盛期のデュランの余りの強さに「もうだめだ、いつ頃倒れようか。余り早く倒れると敵地なので何が起こるかわからない。結局は自分から倒れちゃったみたいなもの」という主旨の事を後に語っている。

 ボクシング評論家として活躍してた1989年4月のテレビ朝日系木曜プレステージで特集された「ボクシングを救う座談会」の主要ゲストで呼ばれた時に、中村浩美キャスターから「ボクシングをやって良かったことは?」と聞かれた時に、「世界中至るところに行くことが増えたが、その時によく『お前は誰だ?』と聞かれるが、『俺はロベルト・デュランと戦った男だ』と言えば、どこの国でも認めてくれるのが良かったことだ」と答えたところは非常に素直で彼らしい言葉であると言える。

 アントニオ猪木も「アリと戦った男」と言えば世界中でVIP扱いされるように、デュランもそれに相当する大物ということですな。とにかく殿堂入りおめでとうございました。

 一方この人は間違っても殿堂入りしないだろうなぁ・・・。

亀田興毅、12.20ランダエタとの再戦に圧勝宣言「キットカットできっと勝つ!?」(スポーツナビ)

興毅「ガンガンいくで」…チケット売れ行きイマイチ(ZAKZAK)

 ボクシング版『ゴールデンラズベリー賞』でもあれば間違いなく受賞するだろうけどね(笑)。

ボクシング情報も充実している人気blogランキング
posted by ジーニアス at 00:10| Comment(2) | TrackBack(0) | ボクシング | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
懐かしいです。あの時、船木は「その腹引っ込めてこいっ!!」って試合後のマイクでイラついて言ってました。あれは東京体育館でしたか…?
Posted by 藤原組 at 2006年12月09日 02:07
>藤原組さん
あーっ、そのマイク、言われて思い出しました。確かに言ってましたね。

確かに東京体育館ですよ。東京体育館のプロ格興行はたまにしかやらないのでよく覚えています。当時の藤原組はメガネスーパーの援助も受けてたしイケイケで面白かったですね。
Posted by ジーニアス at 2006年12月09日 03:04
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック
記事検索