前日に危篤のニュースが出ていたのである程度覚悟はしていましたが、残念です。亡くなられたのが午後0時17分だったのに、記事アップしたのが午後0時50分。早いな。
頭突きの元プロレスラー、大木金太郎さんが死去(中央日報)
故チャン・ヨンチョル、チョン・ギュドク氏らと共に人気を集めた後、1970年代に引退した金さんは、日本で多様な事業を展開したが毎度失敗し、それ以降後遺症などで闘病生活に耐えなければならなかった。金さんの喪家は乙支病院葬儀場・地下1階の特室に設けられており、28日午後、京畿道碧蹄(キョンギド・ビョクジェ)で火葬した後、遺骨は故郷の全羅南道に安置される予定だ。
こちらは往年の写真と最近の写真が掲載されています。
【訃報】大木金太郎さん77歳=元プロレスラー(朝鮮日報)
かつてのプロレスリング界のヒーローで「原爆頭突き」で知られた大木金太郎こと金一(キム・イル)さん(76)が26日午後0時17分、慢性心不全による心臓マヒでソウル・乙支病院で死去した。77歳。
金さんは今月初めから急激に衰弱し、食事もほとんどとれないほどだったという。またシンパ腫や心不全の症状が見られ、尿が出ず、最近では貧血症状まで現れ、体調が急速に悪化していた。
最後はかなり壮絶だったようですね・・・。朝鮮日報は過去記事のリンクも張っており、2000年に韓国で行われた引退式の記事も見れます。
訃報(新日本プロレス)
アントニオ猪木、坂口征二、山本小鉄、星野勘太郎、サイモン・ケリー猪木の追悼コメントが載っています。猪木は急遽韓国に飛んだらしいですね。報道ステーションでも報じられました。
大木金太郎さん・心より冥福をお祈り致します by 中村祥之(BLOG@ZERO1-MAX)
中村さんも追悼コメント。
ジャイアント馬場vs大木金太郎(YouTube)
私は大木さんの試合はリアルタイムでは見てないですが、名勝負として語り継がれている猪木戦はビデオで見ました。こちらの馬場戦はアッサリと負けてしまいましたが、その裏には・・・。
大木金太郎/レスラーノート
75年4月、ワールドリーグ戦に参加。10月には全日本プロレスに再登場し、馬場とノンタイトル戦で対戦。ジャンピング・ネックブリーカーにあっけなく敗れた。馬場の楽勝の背景には、猪木との実力の差を見せつける狙いもあったようだ。
馬場さんも性格が悪い・・・。
大木金太郎の原爆頭突き(ミック博士の昭和プロレス研究室)
大木金太郎 - Wikipedia
大木さんの姿を生で見る機会は数回ありました。ベースボールマガジン社主催の『夢の懸け橋』での引退セレモニーは有名ですが、東京プロレス(猪木の方じゃなくて石川や安生の方ね)の両国や後楽園にも来場したことあったんですよ。その時にマイクで言ってたのが「力道山先生の日本プロレス復興を目指したい」。さすが、坂口が新日本との合併を模索していたのを頑なに反対しただけのことはあるなぁと思った次第。
晩年、頭突きのやり過ぎによる後遺症に悩まされたのは力道山のせいだと思うのだが、力道山への忠誠心は一番だったのでは。
闘病生活が長かったのに77歳まで生きたということはプロレスラーの精神力の賜物かも。安らかにお眠り下さい。合掌。
●プロフィールを見直して30歳でデビューしたことに驚き・・・/人気ブログランキング