2019年06月06日

ダニエル・コーミエがアレキサンダー・グスタフソン引退についてコメント

アレキサンダー・グスタフソン「トップに立てないのなら引退するしかない。金のためだけにやってたわけじゃないしね」(2019年06月02日)

 こちらの続報。



 ダニエル・コーミエがインスタグラムでアレキサンダー・グスタフソン引退について以下のコメント。

「アレックスよ、君は永遠に俺のキャリアの中でも最大のプレイヤーの一人になるだろう。俺たちは対戦に同意し、言い争いもあった。だが最終的には俺をより強くしてくれた。このスポーツをより良くしてくれた。君は戦士だし本当に寂しくなるよ! モチベーションが変化したのは理解できるし、今の君にとってそれは家族だ。現在すでに本当に良い人生を歩み始めたと言っていいだろう。素晴らしいキャリアを送ったことを祝福する! 君はハンマーだった! ではまたな」




posted by ジーニアス at 20:22| Comment(2) | UFC | 更新情報をチェックする

『UFC Fight Night 153: Gustafsson vs. Smith』前座の平均視聴者数が判明



 東部時間6月1日午前10時から午後1時までESPN 2が生中継した『UFC Fight Night 153: Gustafsson vs. Smith』の前座の平均視聴者数は25万7000人だったとのこと。メインカードはESPN+が生中継しましたが、前座はESPN+とESPN 2が同時に生中継したそうです。

 土曜の午前開始の前座としては『UFC Fight Night 145: Blachowicz vs. Santos』(27万1000人)、『UFC Fight Night 149: Overeem vs. Oleinik』(23万2000人)と比較しても横ばいになります。



posted by ジーニアス at 19:53| Comment(0) | UFC | 更新情報をチェックする

6.22『UFC Fight Night 154』ロブ・フォントの対戦相手がコディ・スタマンからジョン・リネカーに変更



 UFCが6月22日にサウスカロライナ州グリーンビルで開催する『UFC Fight Night 154: Moicano vs. Korean Zombie』でロブ・フォントと対戦予定だったコディ・スタマンが負傷欠場、代わりにジョン・リネカーがフォントと対戦することを発表しています。

 リネカーは『UFC Fight Night 150: Jacare vs. Hermansson』でコリー・サンドハーゲンに判定負けして以来の試合。リネカーとフォントは2016年5月の『UFC 198: Werdum vs. Miocic』で対戦しており、この時はリネカーが判定勝ちしています。



posted by ジーニアス at 19:35| Comment(0) | UFC | 更新情報をチェックする

キング・モーが引退を発表、「大晦日に日本で引退」の目標も断念

『RIZIN.15』イリー・プロハースカに敗れたキング・モーが引退を示唆「日本でキャリアを終えたい。できれば大晦日で」(2019年04月22日)

 こちらの続報。『RIZIN.15』で行われたRIZINライトヘビー級王者決定戦でイリー・プロハースカに3R TKO負けしたキング・モーが引退を示唆し、「最後は同じ日本のRIZINでキャリアを終えたい。できれば大晦日に試合ができれば。ファンを楽しませる試合をして、勝って有終の美を飾りたい」とコメントしていましたが…



 結局それも叶うことなく引退を発表しています。キング・モーは以下のコメント。

「以前から考えていたことだ。それは念頭にあった。股関節も膝もケガでボロボロだし可動域も狭くなっていた。キャリアの大半はそんな状態で闘っていたし、股関節の手術でチタンを入れた時は、膝も肘も腰も全部交換してもらわなきゃダメだなと思った」

「歳もとった。もう38歳だ。子供もいる。全力疾走どころかジョギングすらできない。状態は悪い。そしたらもう辞めるしかない」

「多くの手術をしてきた。30~40回はしてきた。前十字靭帯の手術をした時に初めて麻酔をかけられたのを思い出す。その時はすぐに映画を観に行ったりしたものだが、最近は歳のせいか麻酔で自分がどこにいるのか分からなくなる。マトモじゃなくなっている。前回の手術の時はこれが最後だと思った。(チタンが入って)もう以前と同じではなくなるからね」

「ゲガール・ムサシ戦の前から股関節は悪かった。日に日に悪化していった。クイントン“ランペイジ”ジャクソン戦の前にはコルチゾンの注射を打ってもらったが、その翌週にも病院に行った。それくらい状態は悪かった。だが腰に注射の針が入らなかった。ドクターは針が入る場所を探さなきゃいけなかった」

「石井慧と対戦した時もジャブを打った時にケガをした。ミルコ・クロコップと対戦した時もケガをした。俺の試合を見直すことがあったらコーナーに戻る時に足を引きずってるのが分かるだろう。俺も必死に隠そうとしたが脚が無いような感覚だった」

「ランペイジ戦から数日後にレッスルマニアを観戦しに行ったが歩くこともままならなかった」

「2012年のブドウ球菌感染症も大変だった。体を洗い方もいつもと違うし薬も取らなきゃいけなかった。5種類の抗生物質を12時間おきに入れなきゃいけないし、ずっと点滴されるしかなかった。怖かったよ」

「今後もこのスポーツに関わっていくよ。MMAはもちろんだが、多分ボクシングでもファイターたちを指導していくと思う。マイケル・ハンターとも話をしている。彼のことはまだアマチュアだった2005年の頃から知っている。これまで彼の練習を手助けしてきたし、スパーリングもしてきた」

「自分がこれまでコーチから教わってきたことをコーチをすることによって還元できたらそれは素晴らしい選択肢だと思う」




posted by ジーニアス at 12:48| Comment(12) | ベラトール | 更新情報をチェックする
記事検索