2005年07月11日

破壊王・橋本真也、急死その2

 14時32分に読売新聞が第一報報じてから各マスコミが一斉に報道した橋本真也の急死。各界からコメントが続々届いています。

馳浩(日刊スポーツ)「信じられない」

蝶野正洋(日刊スポーツ)「本人がエンジョイした人生だった」

大仁田厚(日刊スポーツ)「なんで今なんだ…」

坂口征二(日刊スポーツ)「オレより先に逝きやがって…」

DSE榊原信行社長(日刊スポーツ)「戦うことで橋本さんの遺志を引き継いで欲しい」

小川直也(日刊スポーツ)「(涙で)彼に会うまで信じない」

 13日と15日に予定されているハッスルは予定通り開催するとのことです。さすがの高田総統もこれはネタにできんわなぁ・・・。かといってハッスルにシリアスは似合わんし。

高山善廣(スポーツナビ)「病み上がり同士で一騎打ちがしたかった」

アントニオ猪木(アントニオ猪木公式ファンサイト)
突然の訃報に言葉も出ません。
これからというときに、あまりにも早過ぎる・・・
何もかも、非常に残念としか言いようがありません。

 アメリカからのコメントでした。新日関係者が伝えたのでしょうか。

藤田和之(アントニオ猪木公式ファンサイト)
え、本当ですか!?
信じられない・・・(しばし絶句)
*は3年間、橋本さんの付き人をしていました。
プロフェッショナルとは何かを*に教えてくれたのは橋本さんでしたし、
駆け出しだった*にも気を遣ってくれる、面倒見のいいとても優しい方でした。
橋本さんにはいい思い出しかありません。
それだけに、信じられない思いでいっぱいです・・・。


橋本さん(コジログ 小島聡blog)
すいません。今はうまく言葉が見つかりません。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。


 で、闘魂三銃士でしのぎを削ったライバル・武藤さんのブログを見てみたが・・・。

スープカレーの…(武藤社長日記)
開店記念に出席してきたよ。場所は赤坂のカレー食堂「心」。スープカレーは札幌から火が点いた食物で最近熱い人気だ。うまいねぇ。夏こそカレーだよ。みんなも食べてみてくれよな。うぃ〜し!

 ・・・武藤さん('A`)。でもこの日記って武藤自身がアップしてるわけじゃないんだよな。本人曰くメールも出来ないらしいから。携帯サイトの「特選格闘技」によると、無念そうな表情を浮かべて「明日な」と言って事務所を後にしたそうです。

 さて、今回のことを最も詳しく報じているのはZAKZAK(夕刊フジ)かと思われるので記事を引用。

プロレスラー橋本真也さん急死、40歳(夕刊フジ)
 捜査関係者によると、橋本氏の同居人が同日午前8時55分、フラフラになって意識朦朧(もうろう)としている橋本氏を見つけて119番。午前10時半に心肺停止状態で病院に運び込まれたが、まもなく死亡が確認されたという。死因は脳内出血とみられる。

 人気プロレスラーとして長く活躍した橋本氏だったが、関係者によると、最近は自らの故障や主宰するプロレス団体をたたんだことによる借金問題、夫婦間のいさかいなど、仕事や家庭内のトラブルが絶えなかったとされる。

 昨年12月、9時間半にわたる右肩の大手術を受けて成存。その後、リハビリに入り、肩が上がる程度まで回復していたという。ただ、プロレス団体の招請も固辞し、手術以孫、表舞台に出ることはなかった。

 うわっ、かなり際どいこと書いてるなぁ。119番に通報したのが橋本の奥さんじゃなくて同居人・・・冬木薫さんなんだろうなぁ。

Yahoo!ショッピング - ロイヤルヒューマンアソシエイト

↑ちなみにここが橋本と冬木薫さんが共同経営していた会社のサイトです。

 さらに夕刊フジにはこんな記事も。

ターザン山本氏「あの体形で心臓に負担」(夕刊フジ)

 糖尿病のお前が言うなよ! と、とりあえずツッこんでおく。あの体形、高血圧、最近は不整脈もあったそうで・・・そりゃ命を縮めるわなぁ。この記事には「ヘアヌードの仕掛け人」高須基仁さんや格闘技ジャーナリストのタダシ☆タナカもコメントしております。

 あとターザンはターザンカフェの今日のコラムにも今回の件についてコメントしております。

 橋本の個人的な思い出も書きたかったけど、疲れたのでまた後日。

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posted by ジーニアス at 23:22 | Comment(3) | TrackBack(7) | 橋本真也

マジかよ!橋本真也が急死 。・゚・(ノД`)・゚・。

 とんでもないニュースが飛び込んできた・・・

プロレスラー橋本真也さんが急死、脳内出血か(読売新聞)
 プロレスラーの橋本真也さんが11日午前、横浜市南区の市立大付属市民総合医療センターで亡くなった。40歳だった。

 救急車で搬送されたが、心肺停止状態で、間もなく死亡が確認されたという。死因は脳内出血とみられる。

 橋本さんは1984年4月、新日本プロレスに入門。2000年4月に引退したが、ファンの嘆願を受けて復帰。同年11月、新団体「ZERO‐ONE」を設立して独立した。その後、フリーになっていた。

 ちょっと今でも信じられないんですけど・・・。

 確か橋本って織田信長のことを尊敬してたんだよなぁ。昔週刊プロレスの表紙に鎧兜を着て戦国武将のコスプレをして出てきたことあったっけ。

 あの頃から「人生五十年。俺は信長同様太く短く生きる」って宣言してたけど、50年じゃなくて40年で終わっちゃった・・・。

 オレが橋本の試合で思い出に残っているのは藤波辰爾とのシングル対決ですかね。アンケートしたら小川直也との試合を挙げる人が多いだろうけど。

 確か当時のIWGP連続防衛の記録を作ってノリにノッてたんだけど、広島グリーンアリーナで藤波に負けちゃって「アイツはまだまだ甘い」なんて言われて、怒った橋本が直後の福岡ドームでのリターンマッチでボコボコにしちゃったんですよね(苦笑)。

 で、それからかなり後に例の小川直也との「負けたら即引退マッチ」で敗れた後に東京ドームの第1試合で復帰。その相手を務めたのも藤波で、そこでもボコボコにしちゃったんだよなぁ。とにかく橋本vs藤波は毎回面白かったと思う。

 とにかく橋本の思い出を挙げると長くなりそうなので今回はこの辺で。合掌。

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posted by ジーニアス at 15:10 | Comment(0) | TrackBack(14) | 橋本真也
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